2019.06.03

東京オリンピック、薬剤師ボランティアに思う

2020年東京オリンピックが来年に迫っています。
ボランティアを大量に募るなか、有資格である医師、薬剤師、理学療法士にも無償での参加を呼びかけていました。
薬剤師の条件を見てみましょう。
「日本アンチ・ドーピング機構の公認スポーツファーマシスト」かつ「英語の服薬指導ができる」こと。
大会期間中10日ほど勤務し、旅費や宿泊施設の手配すらありません。完全なる持ち出しです。
もうボランティアの募集は締め切ったようですから、薬剤師も数は集まったのでしょう。
最終的には、選考があって、40名ほどの薬剤師が参加することになるようです。
この医療従事者のボランティアの概要が発表されたときから、SNS上では、医療従事者はもちろん一般の方からも、
ひどい内容だという批判が溢れていました。資格を有するスペシャリストへの報酬がないどころか、
交通費も宿泊費も出ない。ボランティアというものへの甘えではないかという意見が目立ちました。
薬剤師である私自身も、この概要に対してとても不快な印象を持ちました。
基本的には、先ほどのSNS上の批判と同じ拒否反応だったと思います。何故なのでしょうか。

私はボランティア行為が嫌いではありません。
月に数度、近所の海岸のごみを拾うNPO法人の集まりによく顔を出しますし、町内会の仕事もせっせとやっています。
どちらも当然、無報酬。ごみを拾った後の、コーヒーがおいしいとか、
町内会で企画した祭りが成功したときの充足感など、達成感を心の報酬に置き換えて参加しているわけです。

となると、普段私が行うボランティア活動と、今回のオリンピックのボランティア薬剤師とどう違うのでしょうか。
まず思いつくことは、私が普段行っているごみ拾いや町内会の仕事は、薬剤師として関わっていません。
薬剤師のスキルは全く必要ないですし、周りの方も私の仕事をどこまで知っているか、あまり把握していない気がします。
海岸で、町内会で、私は名前で呼ばれますが、名前で完結する存在です。肩書きなど必要でないのです。
ところが、今回のオリンピックは薬剤師という肩書き、資格で募集している。何も資格を持っていることでお高く止まっているわけでもないのです。
薬剤師でお役に立てるならオリンピックに参加するのはやぶさかではないのです。
もし災害などで薬剤師が急いで必要だというのであれば、交通費も宿泊費も持ち出していくと思います。
でもオリンピックは違うんですよ。だんだんと私の不快感の源が、わかってきました。
オリンピックには莫大なお金が投入されています。数千億円の競技場、スポンサーも何十社もあり、放映権だってとてつもない金額でしょう。お金が湯水のように使われ、右から左へ飛び交う中で、
それなのに、なぜ医師、薬剤師、理学療法士に交通費も宿泊費も出せないのか。
人の善意につけ込む、悪い人間の企みがそこに見え透いて嫌なんだと思います。
これはボランティアなんです!と看板を掲げてボランティアを崇高なものにみせかける。
無料で使える人間は、無料で使ってしまおうという意図が見え見えなのです。ああ、これです。
莫大なお金をどんぶり勘定でじゃんじゃん使っておいて、わずかな金額はケチる、その心根にNOだったんです。
オリンピックは、とても儲かるのでしょう。
コンテンツビジネスとして、エンターテイメントビジネスとして、スポーツビジネスとして。
もはやオリンピックはビジネス抜きには語れないものです。であるならば、徹頭徹尾ビジネスで語っていかないといけない。
それをスポーツの祭典というような、のんきな柔和な仮面をかぶらせていることが腹立たしい。
それが、私がこのオリンピックの薬剤師ボランティアで感じた嫌悪感のもとだったのです。
何度も繰り返しますが、私は基本的にボランティアは好きなんです。
ただそのボランティア行為で誰かの私腹が肥えるようなことがあっては、断じてならないと思っています。
(薬剤師・Y・G)

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